MASTER:鮎
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nowhere

願い
何の為に生まれて、何の為に生きたのか、答えられないなんて、そんなのは嫌だ。
 

夜もだいぶ更けたころだった。
翌日に予定されていた朝歌入りのため興奮気味だった兵たちも、ようやく休息を取り始め、そして寝静まる。しかしそれは軍から離れたところで一人ただ空中に浮かんでいた哪吒には関係のないことだった。彼にわかっていたのは、明日の明朝に軍が移動することと、明日に戦はないということぐらいだった。
「・・・・・・・」
彼は無言で火尖鎗を前に突き出した。いつもなら相手をしてくれるはずの楊戩は今日は忙しく、哪吒は少々不燃焼気味だった。
「明日で人の戦は終わるけれど、僕たちの戦いはまだ、終わらないからね。」
楊戩がそんなことを言っていたのを思い出して、哪吒はいっそう強く火尖鎗を突き出す。
まだ強い敵が残っている。まだ戦える。その事実は、無表情な彼の心の中を喜ばせるものなのだ。


「・・・・・・・」
何度も火尖鎗を突き出したりする動作を繰り返していた哪吒だったが、いいかげん飽きたのか、それをするのをやめた。相手となる人物がいないとやはりつまらない。
「・・・・・・・・・・・・」
仕方なく、眠くはならないが宿営地に戻り寝ることにしようと、彼は向きを変えた。





「おい、どこに行く。」
宿営地に戻ろうとした哪吒は、何かを感じ取ってそれとは逆の方向に飛んでいった。
見つけたのは一人の男。馬に乗って、宿営地とは逆の方向、朝歌へ向かっているようだった。
その顔は見覚えのある顔。いや、見覚えどころか、彼の中では強いやつの部類に入る男だった。
「・・・・・どくさ、宝貝人間。」
男・・・天化は、ひどく落ち着いた声で哪吒をにらみつけて言った。馬の手綱を握る天化からは、血の匂いがしていた。死の匂いだ、と哪吒は思った。しかし、死の匂いに付き物の弱々しさが、天化にはなかった。むしろ、力強い気が満ちている。あふれ出る荒々しい闘気を感じ取って、哪吒は少し驚いた。
「俺っちには、時間がねえのさ。」
片方の手は手綱を握り、もう片方の手は腰の傷を押さえて。ぎらぎらしたその視線は、邪魔などさせないと言っていた。
「・・・死ぬのか?」
「・・・・そのつもりは、ねえさ。」
それでもその血の流れつづける傷で無理をすれば、やがては死ぬだろう。死の匂いがするから。哪吒は火尖鎗を突きつけた。
「戻れ。」
「いやさ。」
「・・・・天祥が、悲しむ。」



「・・・そのために、あんたがいるさ。」
天化はその荒々しい気を少し静めて言った。
「天祥には、もうお袋も親父もいねえさ。天爵は、今は豊邑にいるし、兄貴や四大金剛も、この戦が終わるまでは天祥の傍にはいてやれねえ。で も、あんたは傍にいてくれる。」
「おまえがいてやればいい。」
「さっき言ったさ。俺っちにはもう時間がねえさ。・・・宝貝人間にはわからねえかも知れねえけど、俺っち、もうすぐ死ぬのさ。」
天化は悲しげに言った。
「宝貝人間とは違って、俺っちは手がもげても死ぬし、首を切られても死ぬ。体中の血が流れても死ぬのさ。この傷は、太乙さんも雲中子さんも治 せそうにない。俺っちは死ぬのさ。」
「まだ、死ぬと決まったわけではないだろう」
「楊戩さんがそう言ったのさ?・・・もう、手の施しようがないのさ。それに、親父とコーチがいなくなった時点で、俺っちの運命なんて決まった ようなものだった。」
哪吒は、死の意味がわからなかった。太乙は自慢げに、哪吒は絶対死なないと言っていたが、それが彼にとって死の意味を考えることの無意味さを暗に示していた。かつて同じ宝貝人間だった馬元と戦った時、彼の魂魄が封神台にとんだのは見たが、それからあとどうなるかなど、考えたことはなかった。
「死んだら、どうなる。」
「わかったらこっちが教えて欲しいさ。少なくともわかってるのは、魂が封神台に飛ぶってこと。」
「死んだら、何が変わる。」
「自分は変わらねえかもしれねえさ。でも、周りの人間は、泣くさ。悲しむさ。ひどく、落ち込むさ・・・・俺っちも、そうだった。」
「なら、戻れ。天祥が悲しむ。」


「・・・それ。さっきも言ったさ、宝貝人間。」
天化は少し笑った。
「なんで、天祥が悲しむってわかるのさ。」
「・・・・いつも、心配していた。すぐ、倒れると言っていた。」
「そうさ。少し莫邪を振るっただけで、体が悲鳴をあげてしまう。もう少ししたら、この体は言うことを聞かなくなるさ。立てなくなる。コーチか らもらった莫邪を振るえなくなる。黄家の血が騒いでも、戦えなくなる。宝貝人間はわかるだろ?戦えなくなることの悔しさが、さ。」
哪吒はしばらく考えて、うなずいた。
「そうなる前に、俺っちは戦いに行く。戦って、どうしても倒さなくちゃいけない相手を倒しに行く。」
死ぬ前に。
体が言うことをきかなくなる前に。
「わかってほしいのさ。」


哪吒は火尖鎗をおろした。
「天祥が、泣く。」
「そのためにあんたがいるさ。俺っちの代わりに・・・・慰めてやって欲しいさ。」
天化は少し馬を前に歩かせた。
「兄ちゃんは、おまえを見捨てたわけじゃないってことを伝えて欲しい。一緒にいられなくてごめんって、伝えて欲しい。生きて、天祥を見守って 欲しいさ。それで、できればみんなに、悪かったって伝えて欲しい。・・・・やっぱ、戦ってこその俺っちだから。」
ゆっくりと前に進み、天化は哪吒の横を通り過ぎる。
「最後に、哪吒に会えてよかった。…後のこと、頼むさ。」
天化はそういって、馬を走らせた。哪吒は、振り返らなかった。馬の立ち去るひづめの音をしばらく聞いた後、彼は宿営地の方に進み始めた。


今夜は、眠れないだろうと思いながら。


前身サイトに載せていた真っ暗小説3部作の最後の作品。
他の2編はなんとなく話の言いたいことが見えないというか、ただ書き殴った感がしたので取り下げ。
若干の修正入れました。
右上のあおり文は某有名歌詞を参照に、一文字だけ改変。

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