MASTER:鮎
Twitterにだいたい毎日います。

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Template @ 空蝉

nowhere

鬼が笑う
おまえが知らない未来を、俺たちは握り続けている

「親父さんを追い越せたら、おまえは次に何を目標にするんだ?」
修行の合間のひと時に、俺は何気ない振りをして天化に聞いてみた。仙人界に上がる前からずっと、この愛弟子は大尊敬する父親に認められ、肩を 並べる為に腕を磨いてきた。彼の眼にはいつだって殷の双璧たる武成王と太師の背中を見つめていて、その口からはお決まりのように父親を称える 言葉が並ぶ。
「……なんでそんなこと聞くさ?」
俺がいくら言ってもやめない煙草を口にくわえたまま、天化は少し訝しげな表情で問い返してきた。答えるのに数瞬の間があったのは質問が意外す ぎたからだろう。俺は図々しくも密かに期待する心に重しを付けて沈めながら、ただ好奇心だよ、とうそぶいた。
「バカなこと聞くさ、コーチも」
俺っち、コーチほど長生きしてねぇから目の前しか見えてねぇさ、と天化は笑った。
「親父の腹のあたりに届いてるかどうかすらわかんねぇって実力しかねぇのに、その先のことなんて考えても鬼が笑うだけさ」
鬼が笑う、と言われてどきりとする。この子はなぜ自分がスカウトされたのかも、この先に待っている彼の運命もしらない。元始天尊様によれば、 すでに定まっている標の歴史の中に殷の武成王の造反があるらしい。これに天化がどう関わるかは全く分からないが、少なくとも武成王をこちら側 へ引き込むために計画の最前線に立つことは明らかだ。
封神計画はただ妲己とその取り巻きを封じ込めるだけの計画ではない。そうでなくても修業年数が二桁に満たない天化には荷が重すぎると言うの に、噂では妲己の横暴を放置している通天教主が既に金鰲島での統率力を失くしている可能性が高いだの、崑崙の仙道の参戦を見れば聞仲が金鰲島 の指揮権を得て仙界同士の全面戦争に持ち込むこともあり得るだの、心配の種は尽きないどころか増殖していくばかりだ。仙人とは無限に近い時間 を悠々泰然として生きるものだというのに、俺の心はいつだっていろんな意味で焦っている。煙をくゆらせている天化の方が、余程仙人らしい。
俺はため息の代わりにそうだな、と返事をして、心の重しの反動を利用するように立ちあがった。先の答えが聞きたければ早く強くするさ、と挑戦 状を叩きつけられているに違いない、と思いこむことで、俺ははやる心を宝貝を握る手に抑え込む。そんな俺の様子を知らずして、天化も休憩の終 わりととって腰をあげた。次のメニューは手合わせさ?と目を輝かせる彼のリクエストに、今日は少し答えてやろうと思った。



「……なぁ、コーチ」
稽古場に向かう途中、天化の縋るような目線を感じて振り向いた。が、天化は少しどもった後、結局なんでもないと首を振った。本当に大したこと はないという顔だったから、俺も気にせずまた歩き出した。ああ、でもそういえば、さっきも今も、あの子は俺と一度も目を合わせなかったな、と いうことだけは、少しだけ気にかかった。





初出:Twitter。文庫ページメーカーなるものを見つけて、それの使用感試しにあっためていたネタを勢いで書 いたやつです。
完全に脳内設定ですが、元始天尊及び直属の部下扱いであった十二仙は『歴史の道標』とそれが目指す正しい歴史の中身をある程度知っていた と考えています。(ただし誰がどこまで理解していたか、その内容に懐疑心を持っていたかなどはそれぞれの考えが…とか言いだすとまた別の 話になるので置いとく)
殷周革命が起きること、誰が裏切り、誰が確実に死ぬのか、誰を崑崙の戦士として手元に確保しておく必要があるか。都合よく死んだ羌族の統 領の子供の前に現れたり、聞仲が四聖と共に女狐を追い詰めた時に崑崙側が何も動いてなかったりするのは、「女媧の目指す歴史通り」に動く ためだったんじゃないかなと思うと、何も知らなかった(そして道標の定めでいずれ殷と共に死ぬ予定の)聞仲の踊らされ具合がむなしいほど に強調される気がする。

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