MASTER:鮎
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nowhere

雲霞に消ゆ
それは雲のように柔らかく、霞のように儚い命

 崑崙は空中に浮いた岩々からなる。よって、ここにいる動物は通常、翼を持つ鳥や妖怪の類しかいない。ところがその日、ランニング中に天化 が発見したのは、雲霞の露に濡れて震える一匹の猫だった。
 青峯山に上がってまだ数年しか経ってはいないが、それでも修行を始めて以来ほぼ毎日通っているこの道で、四足の獣を見たのは初めてだ、と天 化は吃驚した。その獣は昔朝歌の街中で見た野良猫よりも小さく、真っ白い毛並みに霞むような灰色の毛を混じらせて、にぃにぃとか細く泣いてい た。辺りは早朝の弱い雨でしっとりと濡れており、その子猫も同様に滴をしたらせて震えている。
「だ、大丈夫さ?!」
 動物を抱き上げるのは初めてだったが、天化は躊躇なくその小さな体を茂みの中からすくい出した。師父から借りた長袖のジャージの上からでも 冷えてしまっていることがわかり、天化は急いでジャージを脱ぐと、子猫を包み込んだ。子猫は探していた親ではない、別の生き物が来たことに怯 えてか、しゃあ、と弱々しくも懸命に爪としっぽを立てて抵抗したが、そんなことを気にしてはいられない。
「すぐ、洞府に戻るさ。コーチが何とかできるはずさ」
 子猫をあまり揺らさないように、でもなるべく早く。天化は地を蹴って洞府へと走りだした。


「鳥に連れ去られてくることは稀にあるんだ」
 そう言って、道徳は出ていって十五分もたたないうちに戻ってきた天化の焦る顔を落ち着かせながら、子猫を大きなバスタオルに包んで拭き清め た。幸い、濡れていただけで大きな怪我などはしておらず、太乙真人特製のドライヤーで全身を温めてやれば、すぐに元気を取り戻した。みゅう みゅうと鳴きながら、先ほどまで包まれていたバスタオルを威嚇するような猫パンチを数発繰り出す。
「大丈夫そうだな、うん」
「よかったさ」
 それにしても、こんなに高い仙人界の上にまで連れてこられたなんて、お前もついてないのか、落ちずに済んでついてるのかわからないな、と道 徳が子猫に話しかける。道徳が他に怪我はないかと抱き上げると、子猫は道徳の手袋が気になったのか、ひょいと前足を手袋にひっかけようとし て、失敗して、そのまま道徳にじゃれつき始めた。
「おう、元気いっぱいだな」
 そのまま子猫をあやし始めた道徳に、天化はぶぅと頬を膨らませる。俺っちが助けてやったのに、と恨めしくなったのだ。俺っちの所にも来る さー、と言っても、子猫は道徳の手袋の布心地がいいのか、頭を摺り寄せて離れようとしない。
「こらこら、天化も拗ねるな」
 頭撫でようか? と言われて、俺っちもう子供じゃねぇさ! と天化はふくれっ面のまま反論した。もう、このまま朝練の続きにでも出かけてや るか、と立ち上がろうとしたところで、おや、と道徳は首をかしげる。
「天化、ちょっと」
 子猫を抱き直すとと、道徳は天化に、子猫を撫でてやってごらん? と差し出す。子猫は大人しく抱きあげられたままだ。言われた通り、頭を そっと撫でてやると、わずかにだが額に何か固いでっぱりがあることに気がつく。
「ただの猫ではないね。霊獣かな? よく見つけたな、お手柄だぞ!」
 こりゃ、何の霊獣か調べないとな、と道徳が満面の笑みで返すのを見て、天化は急に心が晴れやかになった。


(冒頭部サンプル)

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 声も少し潜めて、二人は気配を探りながら更に奥へ進む。十分ほどそうやって歩き続けて、二人は木々の向こうに太陽の光が差し込む森の間隙が あることに気がつく。
「視界が開けるな。襲われるならあそこが絶好のポイントだが」
「ちょっと臭ぇな。腐ったような匂い……」
「でも鳥がのんびり鳴いてるし、仙気や妖気の気配はない。行くか」
 二人は目を合わせてうなずき合うと、そっと離れて間隙の周りをそれぞれ逆方向に進む。まずはそろりと、飛び道具を持つ道徳が木々から身を乗 り出した。ピョー、と気の抜けた鳥の鳴き声が相変わらず響き、物陰や高所から付け狙うような視線は感じない。が、それ以上に気になるものが、 そこには広がっていた。
「うっ……これは」
 先ほどの臭気の原因はこれかと、顔を背ける。慈航が異変と見たか飛び出してきたが、木々に遮られていた臭気に気付いて同じく呻いた。
「腐ってやがる」
 それは巨大な亀の死体だった。甲羅が半分以上溶けたように崩れ落ち、中に収まっていた内臓には蝿たちがわんさかと集まって宴会のように騒い でいる。先ほどの金毛吼とは違って、こちらは死んでからまだ日も経っていないようだった。
「足跡はこれ、ではないな」
「でかすぎるだろ」
 大人二人分は優にある大きな甲羅に、丸太のように太い足は、生前なら見るものを圧倒しただろうが、ドロドロに腐って土に戻ろうというこの状 態は別の意味で見るものを圧倒していた。サイズはどう見ても普通のリクガメではなく、千年、あるいはその倍以上生きていたかもしれないこの霊 亀がこんな最期を遂げるなど、本人も予期していなかっただろう、と思われた。
「甲羅、溶けてるな」
「数日遅ければ、亀とすら気が付かなかったかもしれない」
 亀の霊獣はその甲羅に霊気を蓄え、小さな霊穴のようなスポットをその甲羅の上に作るとされる。霊気を栄養源に苔やシダ、あるいは小動物らが 甲羅の上で生活することもあり、彼らが甲羅に吸収する霊気の量は彼らが千年以上を生きるのもあって、霊獣の中では桁違いに多い。
「甲羅が、こんな風になるなんて」
「さっきのと同じかもしれねぇな。雲中子が喜びそうだ」
 これで喜ぶなんてどうかしてる、と顔をしかめて慈航が言うが、現物がまだ残っているこの死骸は確かに大きな手がかりになりそうだった。
「どうしよう、呼んでくるか? それとも甲羅の欠片だけでもちょっと持って行くか」
 道徳はそう言って手を伸ばす。だが、風が吹いただけでポロリと崩れ落ちてしまいそうなそれに触れるか触れないかといった瞬間、自分たちが来 た方角から鋭い声が飛んできた。
「触っちゃダメだ! すぐに離れて!!!!」



(中盤の十二仙危機一髪シーン抜粋)

万来2020新刊サンプル。せっかく関西でイベントなのに……コロナ滅せよ二度と来るな。

相変わらず闇しか生み出してません。紫陽洞アンソロの頃の光はどこ行った。しかしこれ、実はあのアンソロに最初に寄稿しようとしてた話 なんですよね……(原案はそれより前の道天ワンライで書いてる)裏テーマは「原典・安能版でたくさん出てくる霊獣がフジリュー版で 出てこない謎」。私は原作優先主義者なので、原作に出てこないオリキャラは自作品内で「完結」させる方です。察してくれ。

黄竜と慈航、割と早々に退出してるのでだいぶオリジナル設定やら口調やら付け加えてます。もうしょうがないよね……何か拾えな いかと安能版や全訳開いてみたけど、黄竜のあまりの不遇っぷりに泣いて見なかったことにした。

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