MASTER:鮎
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nowhere

窓から見える
導がなくなった世界は、すなわち約束された未来などない世界である

二之話 目には青葉 山ほととぎす 初鰹


「寂しくなるねぇ」と最後の客が言った。そう、最後の客だ。今日最後の、ではなく、この店最後の。

「あんたたち、ほんといい腕してたから随分と助かってたのに」
「石を切るだけじゃあなくて、力仕事もいろいろ手伝ってくれたからなぁ」
「俺ぁあんたたちに墓石を作ってもらおうと思ってたのによぉ」
 潼関に来て一体どれくらいの時が経ったのか、もう指追って数えることもなくなるほどに時間は過ぎた。住み始めた時にはまだ起きていなかった 戦争が始まって、そして終わって。その後も幾度か衝突が起きたけれども、交通の要衝であるこの町を揺るがすようなことは起こらず、方相と方弼 は引っ越してきたときに移り住んだ家を変えることなく、今日まで石材業を続けてきた。戦争の間は城壁の、戦争が終わった後は邸宅や道路の材料 となる石を、ただただ一途に真面目に切り出してきた兄弟の仕事の評判は大変良く、遠く東魯の地からわざわざ来訪し、仕事を依頼してきた将軍も いた。そんな二人が掲げてきた石材屋の看板も、今日の夜をもって降ろされる。
「朝歌のあたりも落ち着いて随分経つし、おふくろさんが呼んでるのならしょうがねぇよなぁ」
「女っ気一つなかったんだ、あっちでちゃんと嫁さんもらえよ? 年なんざ関係ねぇ、恋をするってのはいいもんだぜ?」
「たまには遊びに来いよな、おまえたちの石で作った道路はあっちまで続いてるんだろ?」
 客たちは思い思いに二人に声をかけ、別れを惜しむ。そう、二人は「朝歌の付近に住む『母』が、いい加減家に戻ってこいと呼んでいるから」と いう理由で、この住み慣れた場所を離れることにした。しかし、二人に本当は『母親』などという存在がないことを、町の人々は知らない。
「明日の朝早くには出発か・・・もう、荷造りはできてるのか?」
「さすがにできてねぇとまずいだろーが。薪売りも引退してぼけちまったか!」
「まだ引退してねーよ!」
 同じ頃にこの町に住み始めた薪売りを生業にしている男は、この前初孫が生まれたのだと言っていた。若い頃に比べて大分足腰が弱ってきたとい う彼は、いつまでも筋肉隆々で若々しい兄弟を時折うらやましそうに見ていた。常連客の中には、うちの娘を嫁にどうだい? と持ちかけてくる者 もあった。兄弟の二人ともがそんな縁談話に一つも首を振らないのは、朝歌に残った許嫁がいるのでは、とか、好きな人はいたのだが戦争で亡く なって以来操を立てているのだ、などという噂もたったことがある。誰一人として、兄弟が『妖怪仙人である』と疑った者はいなかった。だから、 二人は今夜、旅立つ。

「随分と食べたし、飲んだな」
「薪売りのやつ、目一杯弾んだらしい。ありゃうまい魚と酒だった」
「同感だ。『最期の夜』にふさわしい、いい晩餐だった」
 常連客らの招待で開かれた石材屋の兄弟の出立の宴は、二人の予想に反して大変に豪華なものだった。特に、企画者の一人である薪売りが一ヶ月 の儲けをこれに使った! と豪語した宴のメインディッシュが目を引いた。内陸部ではまずお目にかかれない海の魚で、商人になった二人目の子供 がわざわざ今日のために東の商人に直談判して買い付けてきたらしい。
 長く生きてきて初めて食べる「海の魚」に舌鼓を打ちながら、兄弟は別れを惜しむ人々との夜を楽しんだ。このまま朝なんか来なけりゃいいの に、と皆が名残惜しむ中、出立が早いからと、月が昇りきるまでに分かれてきたのは、二人もまた後ろ髪を引かれて立ち止まることを恐れたから だった。二人だって、朝なんか来なければいいのにと思う。だが、あいにくと時間がそれを許してはくれない。
 色白の方弼が、窓から漏れる月光に左腕をかざすと、方相が「よく持った方だな」と薄く笑った。
「俺たちが人の形をとってから、どれくらいの時間がたっただろうな」
「随分と長い時間だった。金鰲島で揉まれ、妲己に見出されて殷の将軍になって」
「将軍時代は随分と贅沢したな。修業時代にはあれだけ金鰲島に行ったことを後悔したってのに」
「王太子の兄弟の暗殺を命じられた時は、天にも昇る心地だった」
「まぁ、術の影響も大きかっただろうがな」
「思えば、人の心を操るのがうまい女だったなぁ」
 方相がじっと掌を見つめる。普段手袋をしているせいで気付く者はほとんどいないが、その指にはかつての戦いで負った後遺症がしっかりと刻ま れていた。
「太公望は強かったな、いろんな意味で」
「ああ。頭の回る、小賢しいが強い男だった」
「あいつの下なら働いてもいい、ってやつの気持ちはわかるな。実際、結構いたんだろう?」
「ああ。噂を聞いて取り入ろうとしたやつも大勢いたらしい」
 方相と方弼は戦いの後、臨潼関を脱出して隣の関所・潼関の近くの山に身を潜めたが、恐れていた妲己の刺客は現れず、たまたま見かけた朝歌か らの難民に紛れていた元同僚から、妲己が王太子を朝歌から追い出したことに満足して方弼らのことをすっかり忘れていることを知った。その後潼 関に移り住んだ二人は、多くの亡命者が五関を抜けて西岐へ向かうのを見た。中にはかつての同僚の姿もあり、賢君と名高き姫昌やその息子、そし てあの太公望に憧れて西を目指す者も多くいた。彼らが果たしてその後どうしたかは、便りもないのでわからないままだ。
「だが、俺が仕えるならあいつじゃねぇな。別に、この傷を恨んでるわけじゃねぇがよ」
「同じくだ。俺も、仕えるならあの兄弟がいい。今でも思う、なぜあの時俺は汜水関に行かなかったのかと」
「行かなかったんじゃねぇ、行けなかったんだよ、兄者。俺たちはあの場所に殿下が現れたことを知らなかった。知ったときには、すべて終わって ただろ?」


(二之話冒頭部サンプル)

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四之話 餘命いくばくかある夜短し

 夢を見た。余命幾ばくもないと宣告された兄の身代わりに、自分を連れて行ってくれと冥府の神に祈る自分の夢だ。髪を振り乱し、一心不乱に祈 るその姿は、端から見ると実に滑稽で、愚かで、馬鹿馬鹿しく見える。やがてどこからか鬼神がやってきて、「二度目はないぞ」と言って立ち去っ た。夢の中の自分は泣き崩れていた。なぜか、今回がその「二度目」だと言うことを知っていた。だから自分は泣き崩れていた。身代わりになれな かった不甲斐なさと、また兄を一人失ったという悲しみに打ちひしがれていた。


 傷が痛む。ここがどこだかを思い出した。戦場だ。自分に最も似つかわしくない場所。生贄の祭壇。自分は、ある意味兄の身代わりにここに来て いる。日が沈み、一度両軍は撤退したが、夜襲がないとは限らないと、軍営地は煌々と松明を燃やして警戒している。昼間は頼りがいのある象部隊 も、暗闇では役に立たず、むしろパニックに陥ればこちらが危ない。厳戒態勢の陣営で、しかし目の前の将軍たちは朝まで待てば敵陣営に援軍が合 流し、不利になりかねない、と頭を悩ませている。
「周公旦様?」
 ぼうっとしていたのに気付かれたのか、将の一人が顔を上げた。深手を負っていることを知っているのは自分だけだ、しっかりしなくては、と気 を持ち直す。負けることは許されない、そしてなるべく早急に収めるべき戦いだ、軍の士気を落とすことはあってはならないと首を振る。
「夜討ちをするなら、どの程度動かせますか」
「三個師団程度ならすぐに。他も要請があれば増やせますが」
「いえ、三個師団で十分です。あとは象を、怪我をしているものや、老齢のものでかまいません。何頭か連れて、敵陣営の側で放せば」
「周公旦様?」
「かわいそうなことをするとは思いますが、手段を選んではいられません。これ以上、戦乱を広げるわけにはいかないのです。夜は短い、急ぎ準備 をお願いします」
 将兵たちが戸惑いながらも、天幕を走り出ていく。確かに象たちは大事だが、戦場に連れてきているのだ、その程度の覚悟はとうにしている。こ の夜のうちに決着をつけられるのであれば、連れてきている全てを差し向けてもいいのだけれど、さすがにそこまでは決めきれなかった。知らせが 届いたのが、相手が完全に準備を終える前だったから良かったものの、それでも本体だけでこちらとほぼ互角の兵数を揃えてきているのだ。夜討ち が失敗した時に備えて、昼の戦力はある程度残しておかなければならない。
「彼らに任せきり、というのも良くないですね。象たちを連れてきたのは私ですから」
 自分もまた天幕から一歩外に足を踏み出す。薙いだ風が熱っぽい体に心地よく、緊張でいっぱいになった頭をほぐしてくれる。
「二度目はない、ですか。ええ、二度目はありません、起こさせは、しない」
 遙か東を見据える。血を分けた「兄」がこの先に、「殷」の復活を目論んで兵を率いている。いや、いずれは傀儡の王を処分して自らが権力を握 るための復活なら、むしろそれは「二つ目の周王朝」だろうか。いずれにせよ、容認できるものではない。
「準備、整いました」
「わかりました、行きましょう」
 月はとうに沈んだ。日が昇る前に決着を。旦は外套を翻してその場を離れる。暗闇に落ちた血の跡に、気付く者は誰もいない。



(四之話全文サンプル)

遅ればせながら2020年新刊サンプル。本当はもう一冊出したかったんですが、年末の体調不良に引っ張られました・・・

三之話以降から奈落の底へと参ります状態のお話です。キーワードは「導から外れた世界=史実通りとは限らない」「三監の乱」。殺劫アン ソロでは確殺3名+世界1つ滅ぼしたけど、自分の本でも遠慮なくと思ったら確殺人数超えました。

世の中にはネタを挟まないと死んじゃう病というのがあるそうですが、何を隠そう、私はシリアスないと死んじゃう病です。(開き直り)

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