MASTER:鮎
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nowhere

闇夜の真実
王は愛を知った。それが全ての始まりだった。
 

禁城、摘星楼。
后妃、妲己は侍女達の妖艶な琴の音を聞きながら、雲一つない夜空を見上げていた。
楼閣の下では、文官たちが慌ただしく動いている。
「一体何事ん?こんな月の美しい夜に、無粋だわん。」
妲己は一人の侍女をつかわして、何が起こっているのかを調べさせた。
「今夜は皆既月食が起こると、天台官たちが騒いでいるようです。」
全ては紂王陛下の失政のせいだ、殷が滅びる、などと、
無知な人間たちは騒いでいるのだろう。
月食は周期的に起こる。それがたまたま紂王の治めていた時代であっただけの話だ。
愚かな人間どもは、それを不幸だ、災いの前触れだ、と騒いで、滅亡に拍車をかけるのだ。
何とも、滑稽なこと・・・
妲己は妖しく笑みを浮かべ、盃をとった。


「妲己さま、紂王陛下がお越しです。」
侍女が頭を垂れて告げる。
満月の光に照らされた妲己の妖艶な姿に圧倒されているのだ。
それは侍女に案内され入ってきた紂王も感じたようだった。
「おお、妲己よ・・・。」
今宵はまた格段と美しい。
まるで月にすむ天女のようだ。
紂王は妲己の美しさを褒め称えながらその横に座った。
「紂王様ん、・・・盃を。」
妲己は艶めかしい仕草で酒を注いだ。
「紂王様ん、下はよろしいのですか?」
「ああ、かまわぬ。あのような下賤な者どものくだらぬ言い種など、耳が腐るだけだ。」
紂王は声高にあざけり笑った。


「妲己よ、今夜は皆既月食が起こるそうだ。」
知っていたか?
妲己は先程知った、と話した。
「うむ。実は余もそうなのだ。そう聞いて、では今夜はお前と共に酒を飲みながら鑑賞しようと思ったのだ。」
酒をぐいっとあおると、紂王は自らの盃に酒を注いだ。
妲己も、空になった盃に注いでもらう。


檀板と琴の音にあわせ、侍女が舞う。
妲己も扇を手にとって、魅惑的な舞を披露する。
摘星楼には、いつものことだとあきらめてのだろう、臣下たちは上がってこず、また楼閣の下も、次第に人が少なくなっていった。

「おお、始まるぞ、妲己。」
月が黒い影に覆われはじめた。
侍女たちは恐ろしくなったのか、琴の音を止め、体を震わせた。
「下がっていいわん。」
妲己が命ずると、侍女たちはそそくさとその場から逃げ出した。
「哀れなことだ。この美しさにおそれをなすとは。」
紂王が嘲笑した。

月はゆっくりとその姿を隠していく。
「妲己よ、そなたは美しい。」
紂王は先程とは少し違った、低く優しい声でささやいた。
「ありがたいお言葉ですわん。」
妲己は相変わらず軽い調子である。
「妲己よ、余はそなたが今ここにいることを嬉しく思うぞ。」
今さらな台詞を吐く紂王。
だが様子が変だ、と妲己は気付いた。
いつもなら、宝貝と術の相乗効果で、この王は自分に不抜けているはず。
それなのに、この男・・・正気を保っている?!
「余は・・・余はそなたを愛している。」
妲己の表情が変わっていることに紂王は気付かない。
月の光が消えかかり、あたりが真の闇になろうとしているからだ。
もちろん、紂王の表情も妲己にはわからない。
「余は、そなたが術を使う必要がないくらい、愛している。」
知っていたのだよ、そなたは仙女であることを。
見えなくとも、妲己は紂王が微笑を浮かべているのがわかった。
しかし、一体いつ、この若い王に気付かれていた?
紂王は言葉を続ける。
「余にいつその能力がついたのかは知らぬが、ともかく、誰が仙で誰が人なのかが区別が付くようになっていた。だからそなたが仙であることはと うに見抜いていた。」
でも、あえてだまされるふりをしていた。
なぜ?
「確かに、姜妃も、黄妃も愛していた。しかし、そなたは特別だった。」
臣下たちは自分を王として。
妃たちもまた、王として。
聞仲もまた、王として。
「王とはくだらぬものだ。おそらく、国で一番不幸な者だ。」
誰にも認めてもらえない。
誰もが王だから、とうなずき、誰もが王なのに、と非難する。
誰もが大昔の先王たちを取り上げては口々に勝手なことを言う。
直接知っているわけでもないくせに。
「しかし、余は幸せ者だ。そなたのおかげだ。」
そなたがいなければ、余は潰れていた。
くだらぬ重荷と評価と孤独の狭間で。
「確かに、いささかやり過ぎたと思うところはあったが・・・しかし、それもまた一興。」
自嘲の笑みを漏らし、紂王は酒をまた一飲みした。
月はすでに影の中に入っている。
紂王は妲己の肩を抱きしめた。
「月食とは恐ろしいものだ。こんな戯言さえ、妖しく響かせる。」
妲己よ、そうは思わぬか?
そう問われた妲己は、先程までのかたい表情とはうってかわって、穏やかで、かつ妖艶な笑みを浮かべた。
「誠に、そうだと思いますわん・・・。」



「戯言だからな。忘れてくれてかまわぬ。」
月はまだ影の中。
「いえ、忘れたくはございません。」
妲己も、陛下のことを深く深く愛していますわん。


永遠に、月が隠れたままでいれば、と願った。



前身サイトより、ほとんど手を加えず。

この人は「愛」に飢えていただけかもしれないなぁ、と思ったのが牧野の戦いでの「余を愛してくれ」の台詞。
更に紂王の最期の台詞がとても印象的で、この人はどんな気持ちで妲己を愛したんだろうか、と考えていたらこんな話に。
妲己ちゃんも、自分の長年の野望のためとはいえ、夫として何十年も傍にいたんだから、ただ「利用」してるだけじゃなく、ほんの少しでも 「愛」があったらいいと思う。
「人間のくせに馬鹿にできないわん」とか、「かわいいところもあるのねん」とか、…あ、「おいしそう…」は勘弁してください。

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