MASTER:鮎
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nowhere

灯籠祭
信じる者がいる限り、神は生き続ける

「今日は少し出かけようか」
随分と早くに鍛錬を切り上げて、道徳はそんなことを言った。
「どこに出かけるさ?」
「ちょっと人間界まで」
え?と天化は聞き返した。それはとても難しいことのように思えた。なぜなら、ここは神界だからだ。


殷周革命が終結して随分な時間が経った。何度か大きな戦が起こり、何度か王朝も変わって、あちらは最早天化たちがかつて知っていた世界ではなくなっている。神界ができた当初は、まだ人間界に残っている妖怪や、仙道の存在を確かに信じていた人々からの困りごとを解決するため、神々が人間界へ出かけて解決しに行ったことはよくあった。だが時代が下るにつれて、人々は仙道がいた事実を忘れ、妖怪の恐怖を忘れ、神々は彼らにとって遠い存在になった。遠くなったといえども、その存在は信じており、廟を建てて彼らを祭り、時折困りごとを相談してくることはある。でもほとんどの場合、人々は自力でどうにかする術を身につけてしまっていたから、神々はほんの少し手助けしたり、夢の中に現れてみて助言をするだけに留まっていた。そして、天化の場合、それすらほとんどしなくなっている。
暇を持て余した身は自然と体を動かすことでそのストレスを発散させようとし、大神として未だ多くの人に頼られる父親を横目に、天化は道徳の住まいに遊びに来ては、鍛練という名のかつての修行を繰り返すことに終始していた。道徳も天化と同じく暇を持て余していたようで、いつ遊びに行っても彼は天化の来訪を待ちわび、嬉しそうに笑っては筋トレや模擬試合の相手をしてくれる。そんな彼が「人間界に行こう」というのは、つまりは仕事が入ったということなのだろうか。
「仕事じゃないんだ。なんていうか、うん。休暇、かな」
教主の許可はもらってるんだ、と道徳はひらひらと通行証を提示する。理由を曖昧にごまかされているようで、天化は少し不満だったが、まぁ仕事でもなんでもいいだろう。久々の人間界がどんなふうに変化しているのか、興味がないわけではなかった。


「すげぇ……今日はなんかのお祭りなんかい?」
降り立った時には既に夕暮れ時で、夜店がひしめく急な坂道には多くの提灯がぶら下がっていた。赤に橙、黄色の提灯もあれば、時々寒色系の風変わりなものも下がっている。行き交う人々の顔もほんのり赤く染まっていて、既に酒が入ってふらふらになっている人もいた。
「うん、年に一度のお祭りなんだ。それをちょっと見たくてね」
そんな簡単な理由で許可証をもらえたりするものなのだろうか。疑問に思わなくもなかったが、道徳は天化の手を握ってずんずんと前を行く。二人の姿は人には見えていないし、ある意味幽霊のような状態だからぶつかっても何ら影響はない。それでも道徳はまるで体を持っているかのように器用に人の間を縫って行き、天化も負けじと人々を交わしていく。通りすぎていく人間の顔は皆笑っていた。



「ここは昔、大きな戦があったそうだ。全滅させられるかと思った時、神に祈って奇跡の勝利をあげたらしい。それ以来、ここにその神様の廟を作って、年に一度、聖誕際を盛大に行うらしいよ」
やがてたどり着いたその廟は、天化の知る父親の廟とは比べ物にならないほどに小さかった。それでもきらびやかに飾りつけられた提灯や細かな刺繍がなされた旗が廟の周りを彩っていた。広場には仮の舞台が設置されている。既に観客が多く集まっていて、どうやら何かの劇を演じているようだった。人々には自分たちの姿が見えないことをいいことに、道徳は天化を手招いて、よっ、と一息で廟の屋根の上に上がる。廟の持ち主に怒られねぇかな…と天化は思ったが、仕方なく彼もその後に続いた。
屋根に上がると、劇の様子がよく見えた。いかめしい顔つきの仮面をつけた男が、6本の腕を持つ怪物の姿をしたかぶり物に追いかけられている。どうするのかと思ったら、舞台の端まで追い詰められたその時、一瞬の予備動作の後にさっと怪物の上を飛び越えるようなジャンプを見せ。くるりと宙を一回転した後、いつの間にか腰にさげていた剣を引き抜いて、怪物の背中を切りつけていた。もちろん、剣はなまくらだ、怪物は斬られた振りをした苦悶の動作をしながら部隊を退場する。観客の拍手喝さいがやまないうちに、今度は別の袖から新たな敵が仮面の男の前に現れた。だがこれも、見事な剣舞で退治する。時折、仮面の男はブーメランのような武器を繰り出して、観客に向かってそれを投げる。あぶねぇさ!と天化は思ったが、どういう仕組みか、それは何度投げられても、観客席の上をくるくると回って必ず男の手に戻っており、その度に観客席は大盛り上がりを見せた。
いくつかの怪物をやっつけた後、観客の大歓声と拍手の中、主役の男は仮面を外して一礼をした。優雅なその仕草はどちらかと言えば、観客に対してではなく、あけ放たれた道廟の奥に鎮座する神像に向かって礼をしているように見えた。疑問に思った天化に気付いたのか、道徳は言う。
「あれは神様に対する捧げものなんだ。神様を楽しませるための演劇だよ」
「ふぅん」
「楽しかったかい?」
「まぁまぁ、面白かったさ。でもなんで俺っちに聞くさ?」
別にここの廟の持ち主でもないのに。というか勝手に自分たちが見てよかったのだろうか。屋根の上に乗るなどという失礼なことまでして。そう聞くと、道徳は腹を抱えて笑いだした。
「な、なにさ突然!!!」
「いやいや、聞いていた通りだったなって。おまえ、人間に呼ばれることがなくなったからって、ずっと俺の所にばっかり遊びに来て、人間界の様子なんかこれっぽっちも見ていないって聞いたからな」
ここは、お前の廟だよと、道徳は言った。


「願われた覚えも、叶えた記憶もねぇさ」
天化は廟の額字を見て言った。この数十年、当初は戦神として崇められた彼を祭る廟など、もうないと思っていた。だからもういいのだと思って、人間界の様子なんか全く気にしていなかった。
「でも叶ったらしいぞ。そして人間は、それをずっと忘れていない」
祭りは百年以上前からやっているらしい。ひそやかに灯をつけて静かに祭ることから、だんだんと派手になって、人を呼んで演劇までするように変化はしたけれど。
「人間の片思いじゃなんだか寂しいじゃないか。そう思って、楊戩に許可をもらったんだ」
例え願われることがなくなったとしても、神様がいらなくなったわけじゃない。神様が、存在しなくなったわけじゃない。人々の思いが、消えたわけじゃないのだから。
「誕生日、おめでとう」
くしゃり、と頭を撫でられる。何年ぶりだろうか、そんな風に言われるのは、と天化は思った。夜空をまう提灯の光が、涙目にまぶしい。
「うん、……ありがと、さ」
心の中の灯籠にも、確かに人々の感謝の明かりがきらめいた、そんな音がしたような気がした。


初出:Twitter、黄天化版ワンドロ・ワンライのお題「誕生日」をお借りして。
最初はスイパラネタ書こうとしてたんですが、お題から激しくずり落ちていったので、そのうち書こうとあっためていたネタをこれまた勢いで完成させたやつです。スイパラネタを放り出した時間含めて1時間半の執筆時間だったので、ワンライ遅刻品にはなりますが、きっかけにしてネタを完成させられたので感謝のしきり。
実は1ヶ月ほど前までは真逆の方向を走る予定だったお話でした。というのも、炳霊公(天化)の廟はもう中国のどこにもないのでは、という話を聞いて、信仰を失くした死んだ神様の話にしようと思ってたんですが、「いや、泰山にはないけど他の所にぽつぽつあるで」って論文読んで、一人「よがっだあ"あ"あ"あ"」と大泣きして路線変更しました。バカかよ。いつか行きます。

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